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さいたまりか3 -彩の国の追憶-<3> さいたま生活の始まりの話

あ、どーも… ご無沙汰しております。Shinです。 
マリカ飯店でオーナーやってます。やってました。 
 
 
もう全部べるずサンに任せっきりなので、そろそろオイラも隠居…
 
 
(ボカッ!バシッ!バシッ!)
 
 
アイタタタタタ… えーっと… はい、総務の埼玉話だそうです。ドーゾ。
 
 
EPISODE 2
右も左もわからぬ埼玉県
「はじめは大宮がどんな街かも分からなかった…
 それでも何かがあるような気がして…」




どうも、べるずです。あまり言いたくは無かったのですが…
あの時どうして婚姻・転職という道を選んだのかはわからないんです。
ただ、札幌から逃げたかっただけなのかもしれません。

当時の自分は、今思えば「自分では物事を決められない」ロクデナシでした。
流されるがまま、言われるがまま… 本当はこんな話は誰も聞きたくないのは重々承知しています。
ですが、これは絶対に避けて通れないのです。光があれば、影があるように…





それはさておき、転職先で自分は社員として迎え入れられることになりました。


最初、羽田空港から横浜に行ったのは覚えています。
あさみ堂では中華街でツアーやオフ会を行うことが多いのですが、
そのメイン舞台である招福門に初めて行ったのは、この時でした。
弟の家で一泊させてもらってから、大宮に向かったんだったかな…。
それも、京浜東北線で(当時、湘南新宿ラインなんてなかった)

※この項は埼玉とは関係ありませんが、
 現在のあさみ堂に通じる部分なのであえて掲載しました
 
 
大宮駅に到着して、東口に出る。 
これからここでどのくらい暮らすことになるのか、わかりません。
それが正しい選択だったのか、その時点では知る由も無かったのです。
ただ、駅前で向かい合うようにマックがあるのが最初に印象的でした。
 
 
その後、その会社を紹介した友人夫婦と会う機会がありました。
車に同乗させてもらって、ナムコ系のゲーセンに連れてってもらいまして。
後で調べた所、プラボ川口店だったようです。(その友人は当時川口在住だったので)
 

それが埼玉県での初めてのパカパカパッションだったのです。
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Author:マリカ飯店事務局
マリカ飯店事務局は、Shinオーナー猊下・べるず総務・しおん事務局員の3人で運営しています。

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